本記事の概要
本記事では、中東情勢の悪化、特にホルムズ海峡の事実上の封鎖が日本の化学産業に及ぼしている影響について解説します。著者は大手総合化学メーカーの製造現場で働くエンジニアであり、生産管理の業務も担っています。私の職場は石化プラント以外の製造現場であるものの、すでにゴム製品やアルコールの一部(IPAなど)の入手性が悪化しています。本記事では、ホルムズの封鎖が製造現場の実態を可能な限り正確に伝えたいと思います。
本記事の想定読者
- ホルムズ海峡の封鎖が化学産業に与える影響について知りたい方
- 日本の化学産業のサプライチェーンへの理解を深めたい方
- ホルムズ海峡の封鎖が日本の実体経済に与える影響について知りたい方
本記事が言及する「中東情勢」
本記事で言及する、「中東情勢」は主に「ホルムズ海峡の封鎖」を指します。現状、日本の産業界に最も大きな影響を与えている現象であるため、今回の記事で中心に据えて記事を展開します。
前提として、ホルムズ海峡の位置を示します。ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ幅40 kmほどの海峡です。オマーンとイランとの間に位置しています。

日本のエネルギー・原材料の現状:原油95%・ナフサ40%の中東依存度
ホルムズ海峡の閉鎖によって、日本が輸入している原油の95%が影響を受けています(引用1)。

みずほ銀行が2025年7月に出したレポートに詳しいですが、中東産の原油を日本に輸出するための代替ルートは限定的です。レポートによれば、ホルムズ海峡を通る原油は毎年1500万バレル/年であり、代替ルートである石油パイプラインの輸送能力は合計650万バレル/年です。代替ルートによるホルムズ海峡の回避は不可能であると言えます。

2025年7月時点のみずほ銀行のレポートでは、「ホルムズ海峡の封鎖は合理的な選択肢ではない」と結論づけています。しかし、2026年4月現在、ホルムズ海峡はイランによって閉鎖されています。
原油の他、原油を精製して得られる「ナフサ」も輸入量の4割を中東に依存しているのが日本の実情です(引用2)。
引用1: 終結していない「12 日間戦争」 ~ホルムズ海峡封鎖の現実性と懸念される船舶への電子妨害~ みずほ銀行
引用2: ペルシャ湾情勢に関する石油化学工業協会コメント 石油化学工業協会
化学産業の川上から川下へ波及する「物不足」の正体
石油精製とコンビナート:ガソリン・アスファルト・塩ビへの影響
原油とナフサの入手が困難になることで、起こることは、
- エネルギー価格の高騰、特に電力やガソリン価格
- プラスチック製品や工業アルコール、ゴム製品の高騰
- 道路工事の中止
です。ホルムズ海峡が閉鎖される事によって、日本の原油とナフサの輸入が大きな影響を受けていることを先ほど示しました。原油は精製されることでガソリンや灯油、ナフサ、重油などに変わります(引用3)。

原油が輸入されなければ、国内でガソリンを生産出来なくなるため、ガソリンの入手性が悪化し、高騰につながります(現状、国内需要のほぼ100%を国内で原油から精製していることがデータから読み取れます)。電力については、火力発電における石油の寄与は7%程度(引用4)であるものの、価格高騰は避けられないと考えられます。
原油からはアスファルトも生産されるため、入手難による道路工事の遅延も想定されます。
ナフサについてはどうでしょうか。ナフサを原料として作られる製品を、周南コンビナートのサプライチェーンを例にして見てみます(引用6)。例えば、中段以下に着目すると、多くのゴム製品の生産につながっていることがわかります。ナフサの供給が減り、コンビナートの減産が始まると、タイヤなどのゴム製品の高騰が始まると考えられます。なお、石油化学工業協会の資料を参照すると、合成ゴムの原料の80%を国内で賄っていることが分かります。

ナフサの入手性が悪化すれば、ゴムだけでなく、洗剤や建設資材の塩ビの高騰も避けられません。三菱の鹿島コンビナートでは、ナフサから生産した塩ビを信越化学工業に、エチレンオキサイドを花王やライオンに引き渡しています。サプライチェーンの根っこであるナフサが止まると、下流の製品の生産が滞り、結果的に高騰や品薄につながる構図がハッキリ分かります。

【現場の実態】使い捨て手袋や工業用アルコールの供給不足
実際、私の働く職場にもゴム製品の品薄やパニック買いの連絡が来ています。クリーン度の高い職場のため、現場は使い捨てのゴム手袋必須ですが、それが入手できなくなるかも知れない、と購買経由で情報が入ってきています。また、工業用アルコールで資材の拭き上げなどに使うIPAも入手が難しくなっていると連絡がありました。副資材ではあるものの、製造現場になくてはならないものがなくなりつつある現実が目の前にあります。
引用3: 石油の精製 石油情報センター
引用4: 燃料調達をめぐる動向と 電力・ガスの安定供給について 経済産業省
引用5: 石油統計速報 令和8年2月分 経済産業省
引用6: 出光興産周南コンビナート 石油化学工業協会
引用7: 石油化学製品の輸出入
引用8: 三菱ケミカル鹿島コンビナート 石油化学工業協会
二次的リスク:半導体材料の供給停止と株式市場への懸念
ここまで、解説してきたように、
- ホルムズ海峡が封鎖
- 中東からの原油・ナフサストップ(日本は原油の95%、ナフサの40%を依存)
- 精製所やコンビナートの減産・停止
- 下流のガソリンやアスファルト、ゴム、洗剤などが品薄
- これらが高騰あるいは入手不可
というのが、ホルムズ海峡の封鎖が与える影響でした。先ほど解説したように、製造現場では資材の奪い合いが始まっています。ゴム手袋や工業用アルコールの入手も困難になってきているという情報も私の耳に入っており、製品の洗浄や設備のメンテナンスに影響を与える可能性が見えています。
ホルムズ海峡の閉鎖を起点に、化学製品の高騰や入手性の低下が起こる結果、化学製品を使っているあらゆる産業に高騰や生産の停滞が目前に迫っています。例えば、半導体製造。現状は需要に押されて好況を呈してきましたが、半導体材料の多くは有機化学材料です。そして、半導体材料メーカーの多くは日本に集中しています。露光に使われるレジストや洗浄剤などが半導体製造メーカーに供給できなくなることを起点に、半導体の減産が起こる可能性もありえます。今の株式市場は、半導体を中心に動いているため、結果として株式市場に大きなショックを与える懸念もあります。
不安を煽るわけではありませんが、今、日本は思っている以上に危機的な状況です。中東の情勢から目を離さず、「何と何がつながっているのか?」を考え、代替手段を早急に構築する必要に迫られています。


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